エンジニアには皆幸せになってもらいたい。 その選択肢として、Modisを位置づけていくことが僕にとっての社会貢献
急転直下。アデコの社長から新ブランドの立ち上げを託される
小川は、新卒でエンジニア人材サービス企業のVSNに入社した。営業として入社一年目で新人賞を受賞。その後も、主任、係長、マネージャーへと昇格していった。そのタイミングで結婚もした。公私共に順風満帆であった。
マネージャーになって数年後に、小川の価値観が大きく変わった。それまでは仕事に対する価値観・軸足はあくまでも自分。自分が成果を出す、自分を評価してもらうことに重きを置いていた。
「きっかけの最初は、子供が生まれたことです。自分よりも大切なものができました。また、お客様から依頼された仙台でのプロジェクトにキーマンとして入り込み、人材派遣ビジネスを通じて地方で働きたい方に適した環境を用意することに、社会的意義があると感じました。
さらに偶然にも、当時地方創生大臣を務めていた石破茂氏の講演を聞き、僕が人生を掛けて成し得たいことは、日本に対する社会貢献であると自覚しました」
VSNでは、さらに事業部長へと就任。出世頭だっただけに、将来が嘱望されていた。だが、小川はそれに満足しようとはしなかった。親会社である「アデコにいきたい」と経営陣に何度か口にした。事業の規模感でいうと遥かにアデコの方が大きいが、理由はそれだけではない。自分が成し得たことで幸せになれる人はアデコの方が多いと思ったからだ。ただ、この話は実現することなく月日が流れていった。
チャンスは突然やってきた。2018年1月末、小川が事業部長として3年目を迎えてまもなくのタイミングだった。会議の席上、アデコの社長 川崎から、「実はアデコでこんなプロジェクトをやろうと思っている。小川にやってもらいたい。但しVSNを退社してアデコへの転籍だ。今ここで意思決定をしてほしい」と問われた。もともと行きたいとは言っていたものの、あまりにも急な話。小川は悩んだ。
「実は僕は、期待されることが大好きな性格なんです。それに、自分の哲学として物事の選択肢に悩んだ時に、選ぶのはより辛くて困難な道を選ぶと決めていました。それが僕の意思決定のポイントでした」
小川は結局「アデコに行きます」と回答した。隣にいた上司は落胆していたが、会議室を出た時には「頑張れよ」と励ましてくれた。業務の調整を進め、同年4月1日付けでアデコに転籍。Modis Professional事業を立ち上げることになった。
小川と同様にアデコに転籍したVSNの執行役員がModis Professional事業本部の本部長に就任。アデコからも有期派遣部門の支社長が呼ばれ三人で組織を率いることになった。
どこまでも高賃金還元率を追求。独自の事業コンセプトを掲げる
Modisとは、世界最大級の人材サービス企業アデコグループが、IT、エンジニアリング、ライフサイエンス事業を伸ばすために立ち上げたグローバルブランドだ。ただ、日本ではエンジニアの有効求人倍率はかなり高い上に、既に大手のアウトソーシングプレイヤーが多数ひしめきあっている。そこにエンジニア派遣のイメージの全くないアデコが「Modisを作りました」といって乗り込んでいっても、正直なところインパクトがない。それならば、どうやって展開していくのか。
「競合他社との差別化が欠かせません。結論として、僕たちは高賃金還元率の追求を掲げました。とにかくエンジニアの処遇改善を図っていく。これを事業コンセプトの軸足としてサービスを提供することにしました」
小川らが最も重きを置いたのは販管費を下げること。言い換えれば、営業や採用などのコストを減らすことだった。P/Lの構造上、エンジニアの処遇を高めていくとなれば、販管費を減らすしかない。「それならば徹底的にやろう」というのが、Modis Professional事業本部のコンセプトであり、他社との圧倒的な違いであった。
「普通はこの業界、エンジニアのエンゲージメントと帰属意識を高めるために、販管費にお金を掛けるのが常識です。僕らは、その常識を完全に覆しに行きました」
Modis Professional事業本部の狙いは、IT業界における多重下請け構造の改革だ。日本には90万人超ものITエンジニアがいる。その約70%は、下請けで働いている。場合によっては、残業代もなければ賞与もでない厳しい労働環境を余儀なくされるエンジニアもまだまだ多くいる。そうした状況を何とか改善したいと考えている。
「アデコは日本国内で1万社の取引先があり、優良案件を多く保有しています。それにModis Professional事業本部は新規事業として独立した部門なので、高賃金還元率で設計したとしても他の事業に迷惑は掛かりません。大企業の影響力を持っていながら、ベンチャー企業のようなP/L構造で事業を運営できる。まさに、良い所取りができると考えました」
また、アデコには、「キャリア開発を当たり前の世の中にする」というビジョンもある。どこまで行ってもこのビジョンを実現することが小川らの使命だ。
「エンジニアのキャリア開発は、会社が研修設備を持っていることなのかというと、僕はそうは思っていません。仕事を通じて能力を上げていくものですし、そもそも能力が上がったら上がった分だけの適正報酬をもらえる仕組みでなければいけません。
それがないから、エンジニアは頑張れないんです。僕たちは、キャリア開発を当たり前の世界にするために、エンジニアが自分のキャリアと処遇を両立できる世界を創造したいと思っています」
ならば、どう事業コンセプトを実現していくのか。基本的な考え方は、選択と集中だという。実際、評価制度においては、お客様との契約単価が基本給にしっかり連動するようになっている。お客様との単価が上がる、すなわちお客様がエンジニアの市場価値を認めてくれれば、連動して基本給や賞与が上がり、年収もアップしていく構造といえる。加えて販管費を徹底的に削減し、給与に還元する。ITを駆使し、業務効率化を徹底的に図っている。
「ただ、販管費を極限まで削ると営業活動や採用活動に支障をきたす可能性があります。そこで、僕らの事業コンセプトに共感して入社してくれたエンジニア正社員に『営業や採用を手伝ってください』とお願いしています。協力者にはインセンティブも支給しています。皆で一緒になって、事業コンセプトを実現していこうと呼びかけています」
求職者の方にとって、Modisを利用するメリットがどこにあるのか。小川はこう答える。
「まずは、収入アップにつながることです。働く場所も、地域限定を謳っており、就業規則上全国転勤ではありません。また、案件を通じてキャリアアップを図ることができます。派遣という契約の特性を生かし、一定期間で敢えて派遣先を配置転換していきます。
もちろん、お客様やご本人との合意ありきですが、職場を変える事で、担当する業務工程を上げ、さらに上のフィールドにチャレンジし、能力を開発していってもらいたいからです」
Modis Professional事業本部が求める人材像は、自力自走できる優秀なエンジニアだけではない。環境が人を育ててくれる部分もあるので、前職の境遇が不遇であった若手も積極的に迎え入れている。
「選考においては、僕らの事業コンセプトに共感してくれているかどうかを重視しています。技術区分でいえば、上流工程から下流工程まで幅広く対応しているので、ベテランから若手まで多くのエンジニアの方々にご応募いただいています。」
課題を見つけては解決する繰り返し。苦労は尽きない
プロジェクトは紆余曲折の連続だった。何しろ、2018年4月1日の段階ではローンチのタイミングさえ未定。社長からは「いつできるのか」と問われるとともに、「とにかく考えろ、作ってこい」と発破をかけられた。スタート時期を2019年1月に設定させてもらおうとしたところ、「遅い、もっと早くならないか」と言われてしまった。
週に1度は社長への進捗報告のプレゼンテーションが待っている。「全然違う、やり直しだ」と。また持ち帰って三人で議論をするが、まとまらない。それを1カ月繰り返した。Modis Professional事業は新規事業ゆえ、仮説を基にした議論を重ねるしかない。なかなか意思決定できずにいた。それでも、6月上旬に開催されるアデコの予算決定会議までには、ある程度の事業計画をドラフトとして出さないといけない。焦りは高まるばかりだった。
「社長のイエスが全く取れず、結局は4月中に議論していたものを5月上旬で全部捨てました。初心に帰り、マーケット分析と議論をし直し、改めて社長に持って行ったところ、ようやく了承がもらえました。もう、そこからですね。物凄い勢いで形づくりを進めていきました。予算決定会議でもドラフトにOKをもらえました」
取りあえず大枠が決まったものの、まだまだ決めなくてはいけないことばかり。ここでも社長は「そんなものは決めなくても良い。さっさと事業として回してみろ。とにかく試してみろ」の一点張り。ただ、実際には作らないといけないものもあり、小川らは時間に追われた。
「有難かったのは、VSNの人事担当役員をはじめ沢山の方に手を差し伸べてもらえたことです。それがなかったら到底この山を乗り越えるのは不可能でした」
エンジニアの採用活動は8月からスタートした。「想像以上の動きの良さ。こんなにも反響があるのか」という感じだった。本来であれば一人でも多く採りたいところだったが、小川はどんなに優秀であっても、事業コンセプトやビジョンに共鳴してくれていないと感じたら、採用しなかった。
「僕たちは売り上げを出すためにこの事業をしているのではありません。あくまでもビジョンを実現するためにやっているのです。その点には、プライドを持っています」
10月には何とか事業をローンチさせることができた。2019年に入ってからも、課題を見つけては解決する、の連続だった。やはり、採用が最大のテーマ。いかに採用単価を下げていけるかがカギだった。ただ、それができるのであれば他社もやっているはずだけに、苦労は尽きない。
派遣エンジニアの処遇向上が、社会貢献につながると信じている
このプロジェクトには、小川はかなり高いモチベーションを持って取り組んだ。そもそも、事業をイチから立ち上げるという経験はなかなか味わえない。しかも、前の会社を退職してきており完全に退路を断ち切ってきているからだ。
小川には、この事業への想いとして幾つかの段階がある。一番上位にあるのが社会への貢献だ。
「お金が人生の全てというつもりはありませんが、収入が増えて豊かな生活を送れるようになれば、それが幸せに繋がる事が多くあると思っています。だから、僕はこのサービスを通じてエンジニア処遇の平均値を上げていきたいんです。
そういったプラットフォームを作り上げていきたいというのが、この事業に対する上位レベルの概念です。ITエンジニアは、もっと評価されるべきですし、処遇も上がって良いと思っています。それによって、結果的に日本社会への貢献を果たしたいんです」
採用活動は順調に推移している。初年度の目標は150名。もう一歩という状況まで来ている。ただ、目指すべき頂は高い。2022年には1000人まで持っていく考えだ。
「目的は金儲けではありません。社員数が増えていけば、規模の経済性が働き販管比率を下げ、賃金還元率を上げていけるはずです。そのためにも規模を拡大したいんです」
小川らには、未来に向けて思い描いていることがさらにある。派遣業態の地位向上だ。日本においては、まだまだ派遣はネガティブなワードとされている。派遣に対する誤解と地位の低さは間違いであり、正していきたいと考えている。
「派遣だからこそできる成長の仕方があるはずです。派遣は、業界のなかでの普遍的な能力と応用力を身に付けられます。そんな働き方ができる派遣にもっと胸を張れるようにしたい。そこで働く皆が、周囲から羨ましがられるようにしたいと思っています。そのために、僕自身は、社会貢献を仕事の軸に一生仕事をしていく覚悟です」
「エンジニアの皆さんに幸せになってもらいたいのです。その選択肢として、Modis Professional事業という素晴らしいサービスがあるということを伝えていきたいと思っています」
小川の挑戦はまだまだ続きそうだ。