金融をシステム面から支える責任。自らの創意工夫でその価値を最大化する。

金融をシステム面から支える責任。自らの創意工夫でその価値を最大化する。

金融をシステム面から支える責任。
自らの創意工夫でその価値を最大化する。

このストーリーのポイント

  • 地元・富山で働きたいと入社を志望。形式にとらわれない面接のおかげで素の自分を出せた
  • 自身が開発に携わったシステムをユーザに利用いただくことで、貢献している実感が得られる
  • 最重要な勘定系システムの担当となり、責任は重いがたしかな成長を実感できている

北陸銀行や北海道銀行をはじめとする「ほくほくフィナンシャルグループ」の金融業務をシステム面から支えるには、社員1人ひとりの知識と経験、そしてチームでつくりあげるコミュニケーションが大切だ。社会に欠かせない金融インフラを守るには責任もともなうが、その分喜びも大きい。

PROFILE
北銀ソフトウエア株式会社

M・K

バンキング開発部
2020年新卒入社
富山県立大学
工学部 電子・情報工学科卒

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富山県氷見市出身。叔父から譲り受けたパソコンに夢中に触れるうちに、将来の道が定まった。システム開発業務のかたわら、今は社内の懇親会や歓迎会の企画運営を行う社友会の代表を務め、コロナ禍で中断していた社内の親睦を深めるイベント準備にも取り組む。

プログラムをつくりたい。少年時代の好奇心をもって入社

小学生の私にとって、自宅にあるパソコンは宝物のような存在でした。ゲームを楽しむだけでなく、画面の中で何が起きているのか、なぜボタンを押すと反応するのか、その仕組みに強い好奇心を抱くようになりました。パソコン以外の電子機器にも興味津々で、家にある電化製品の中身はどうなっているんだろうと想像を膨らませていました。

こうした好奇心は中学、高校と成長するにつれてより深いものになり「電子機器のものづくりに携わりたい」という夢を持つようになりました。大学は迷わず富山県立大学工学部の電子・情報工学科を選びました。大学では電子機器の製作実習でハードウェアを学ぶ一方、プログラミングの授業を通じてソフトウェア開発のほうが自分の性分に合っていると気づきました。特にプログラムを書いて、それが意図通りに動いた時の喜びは格別でした。C言語、Java、Pythonと3つのプログラミング言語を学びながら、サークル活動でもプログラミングサークルに所属して、仲間たちと一緒に新しいモノを作ることに没頭していました。

就職活動の第一条件は、地元から遠く離れずに働けること。そこで富山と隣県のソフトウェア企業に絞って10社ほどを受けました。当時の私は、あまり自己PRが得意でないと悩んでいて、面接には特に苦手意識がありました。多くの企業の面接で「自己PRをしてください」「学生時代に頑張ったことは?」と定型的な質問を受けると、どうしても緊張がほぐれずにうまく話せません。しかし、北銀ソフトウエアはだいぶユニークで、面接というより、普段の会話のように和やかな雰囲気だったのが印象的で、自然と私も素直にソフトウェア開発への思いを言葉にすることができました。

当時、平成から令和へと改元が行われるタイミングで、システムによってはその変更が求められます。面接官を務めていた社員の方が「元号が変わるためのシステム対応が必要だが、大型連休と重なるため大変なんだ」などと、具体的な業務の話を明かしてくれて、少しだけ仕事のイメージがつかめました。

採用のプロセスもスムーズで、次の面接の予定がすぐに決まり、企業としての意思決定の速さを感じました。私の「ものづくりが好き」という素直な思いもしっかり受け止めてもらえたように感じられたので、内定をいただいた時点で、他社の選考をやめて入社を決意しました。また当社には、富山だけではなく首都圏で勤務し金融システムの開発を行っているグループがあります。若いうちから不慣れな都会で一人暮らしを始めるのは不安でしたが、実家から通える環境で仕事を覚えつつ、数年後にチャレンジできる機会があるのも魅力的に映りました。

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システムが稼働する現場に立ち会ったことで自信がつく

プログラミング知識には自信をもって入社したものの、現場に配属されてからは専門用語の嵐に戸惑う日々でした。ベンダーとの打ち合わせで議事録の作成を任されても、サーバーの仕様やシステムの監視など、会話の理解が追いつかなかったこともあります。そこで、あとから質問できるように、分からなかった用語をすべてメモすることを徹底しました。さらに会議が行われる事前に資料を読み込む時間を確保して、あらかじめ不明点を解消しておくように努めました。こうした地道な学習を続けるうちに、少しずつ業務の全体像が見えてくるようになりました。

私たちは、ほくほくフィナンシャルグループ内の銀行に限らず、他行も含めて金融機関向けの様々なシステムの開発に携わっています。しかし、私たち自身には銀行の窓口業務を行う機会はないため、頭では理解しているものの、実際どのような業務に使うのかまでは正確にイメージできていませんでした。そんな私にとって大きかったのは、入社1年目から2年目にかけて顧客である銀行が保有するサーバへのシステムの納品作業を任されたことです。システムが稼働を開始する場面に立ち会うため、自らが書いたプログラムが実際に動いていることを目の当たりにします。自分が携わったシステムが、実際に銀行の窓口業務で使用され、これからお客様の大切な情報の管理に利用されるのだと実感できたことは、その後の大きな自信にもつながりました。

その経験を活かし、次は金融機関内のチャットシステムの導入を任されました。それまでは上司や先輩の指示を待ち、与えられたとおりにプログラムを書けばよかったものが、このプロジェクトでは、私が指示役に回らなくてはなりません。一度に大量の社員がチャットを行った場合を想定しても問題がなく作動することをテスト段階で証明するのに、特に苦労しました。

初めてのシステム導入なので、技術的に詳しい人は誰もいません。テストの条件を定義し、なぜこの定義なのかを理論的に説明できるように準備し、試行錯誤の末にようやく「このシステムを導入してよい」という銀行側のお墨付きを得ることができました。顧客である銀行側とシステムベンダーの間に立って、導入準備を続けるプレッシャーは大きかったものの、自分で判断し、責任をもって進められる力が付いたと思います。

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社会を支えている実感があるからこそ、専門性を高めたい

現在は、銀行の根幹を支える勘定系システム、特にATMや店舗のシステム担当として、より大きな責任を任されています。金融機関で入出金や決済、残高管理、利息の計算などあらゆる勘定処理を行うシステムなので、万一、古いシステムを新しいシステムに置き換える更改作業が予定通りに完了しないと、日本中のお客様に迷惑がかかりかねない最重要なシステムに関わる緊張感とともに仕事をしています。それだけお金のやりとりは、日常生活に欠かせないものであり、金融システムを下支えすることを通じて、社会に貢献できているというやりがいも日々感じています。

こうして責任ある仕事に就けるようになったのも、日々さまざまな経験を積んできたおかげだと思います。人と話すことが得意でなかった新人時代の私は、積極的に電話対応をするように言われ、最初は右往左往していたものの少しずつ慣れていきました。今では、後輩にも「電話は率先して出たほうが自分の成長のためだよ」と指導する立場になっています。自分が経験してきた苦労があるからこそ、後輩の成長を温かく見守れるようになったと思います。技術力も大切ですが、それ以上にコミュニケーション能力が必要な仕事だと実感しています。黙々とプログラミングをすることは今でも好きですが、チームで協力して大きな仕事を成し遂げる喜びも知りました。

これからの目標は、銀行業務の知識をさらに深め、より良いシステムを提供できるエンジニアになることです。技術力だけでなく、金融の専門性を併せ持つことで、より大きな貢献ができると考えています。それに金融系の資格やデータベーススペシャリスト、クラウドサービスの認定資格などにも挑戦していきたいです。

将来は、仕事と家庭を両立させながら、後進の育成にも力を入れていきたいと思います。コミュニケーションの重要性を身をもって学んだからこそ、チームで協力して大きな仕事を成し遂げる喜びを、次の世代にも伝えていきたいと考えています。

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