金融のチカラで日本の宇宙産業を牽引、三菱UFJ銀行の役割と挑戦
金融のチカラで日本の宇宙産業を牽引、
三菱UFJ銀行の役割と挑戦
三菱UFJ銀行の宇宙産業への取り組みが加速しています。そもそもなぜ金融機関である三菱UFJ銀行が宇宙産業に参画するのでしょうか。その狙いと、三菱UFJ銀行だからこそできる取り組みについてご紹介します。
株式会社三菱UFJ銀行
野田 和宏
サステナブルビジネス部
宇宙イノベーション室
2013年入行
三鷹支店、企業審査部、融資企画部を経て2023年より現職。国内の宇宙産業発展および衛星データ(地理空間情報)を活用した社会課題解決への貢献に取り組む。
笠原 寛史
サステナブルビジネス部
宇宙イノベーション室
2014年入行
西尾支店、深川支店、成長産業支援室(現:スタートアップ戦略部)、産業リサーチ&プロデュース部を経て2023年より現職。主にハードウェア(ロケット、衛星、センサ、サプライチェーン)側を担当、ファイナンスストラクチャーの構築にも取り組む。
永山 善己
スペースワン株式会社 出向
(サステナブルビジネス部付)
2015年入行
京橋支店、大企業営業推進部(現:コーポレートバンキング企画部)、戦略調査部(現:産業リサーチ&プロデュース部)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング出向を経て2023年にサステナブルビジネス部宇宙イノベーション室に異動となり、スペースワン出向。同社にて経営企画、財務、国内外顧客への営業、広報等に携わる。
日本が誇る圧倒的なアドバンテージ
──宇宙産業の現状と将来性について教えてください。
野田 宇宙産業は宇宙関連機器の製造や打ち上げといったアップストリーム(つくる)、宇宙関連機器から得られる価値の利用といったダウンストリーム(つかう)に大別されます。多くの方が宇宙産業と聞いて思い浮かべるのは前者のアップストリームでしょう。いわば宇宙のインフラ構築に関わる領域です。そのインフラを使って新たな価値を生み出していくことが後者のダウンストリームです。
両者を合わせた宇宙産業の市場規模は2030年時点で半導体市場と同等の91兆円、2040年には約155兆円まで成長し、現在の医薬品や家電産業に匹敵するようになると見られています。成長率で言えば年7%にも達し、このマーケットサイズで、ここまで高い成長ポテンシャルを有する産業は、他にほとんどないでしょう。
永山 ロケットは地球の自転エネルギーを利用できる東方向や、地球観測に適した軌道となる南方向に打ち上げます。その点、日本は南と東に海が開けており、アメリカやヨーロッパに比べて地理学的に圧倒的なアドバンテージを持っています。加えて、人の住んでいる島が少ないという点も有利です。また、日本は伝統的にものづくりの技術が高く、ロケットについても1950年代から「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士を中心に脈々と技術が蓄積されてきました。この点もアドバンテージです。
笠原 一方で大きな流れを見ると、宇宙開発自体が世界的に官から民へと主導権が移り始めています。宇宙産業の急速な成長を支えているのは、①安全保障、②衛星データをはじめとしたサステナビリティ領域への応用やDX、③各国の産業政策が背景にあります。人工衛星の小型化や、民間ロケットの普及などでコストダウンが進み、民間でも取り組める産業になったことがその理由です。民が宇宙産業に進出し、様々なセクターとつながることで新たなサービスが続々と誕生しました。それが民のさらなる進出に拍車をかけた格好となっています。
野田 技術の進化では、AIの進化も見逃せませんね。衛星からのデータというのは非常に重く、その解析や活用には大変な労力がかかっていました。しかしAIによってその課題が緩和され、ダウンストリームのビジネスの可能性が一気に広がりました。
永山 誰もが持っているスマホには既にGPSが搭載されており、地図アプリなどで日常的に使われていますよね。既にダウンストリームのビジネスはBtoBからBtoBtoCへと移り、人々の想像以上に身近なものになっているわけです。
笠原 日本に大きなアドバンテージがあるというお話でしたが、当然のことながら他の国もこの巨大産業のポテンシャルに期待して注力しています。特にアジア諸国は非常に力を入れており、インドの無人探査機が世界初の月の南極着陸を成功させるなど、競争は厳しさを増しています。その中でいかにスピード感を持って取り組んでいくかが日本に問われていると感じます。
産業の発展を支えることがミッション
──なぜ三菱UFJ銀行が宇宙産業に参画するのでしょうか。
野田 理由は主に3つあります。1つめは宇宙産業(我が国の新産業創出)の発展に貢献するため、2つめは宇宙のテクノロジーで社会課題の解決に貢献するため、そして3つめが宇宙から得られたデータを我々の既存のサービスと掛け合わせることでMUFGの新しいサービスの創出に結びつけるためです。
永山 宇宙関連などの先端技術はディープテックと呼ばれ、莫大な投資が必要な一方で収益に結びつくまでは時間がかかります。そのリスクを踏まえれば、バンカビリティ(Bankability)すなわち融資適格性の判断ができる仕組みをつくっていくことは、日本を代表する金融機関である我々の使命といえるでしょう。私は現在出向中ですのでニュートラルな立場で動いているのですが、他の金融機関や投資家から「三菱UFJ銀行が宇宙産業に乗り出すとは意外だった」と聞きます。社会的に見て非常にインパクトの大きいことなのは間違いありません。
笠原 石橋を叩いても渡らないのがトラディショナルな銀行のイメージでしたが、そんな銀行だからこそ宇宙産業に取り組む意義があるのではないでしょうか。自動車産業や、鉄鋼業等の成熟した産業も、銀行は黎明期から発展に伴走してきました。宇宙産業が今まさにそうしたフェーズにあるからこそ、我々にこうした取り組みが求められているわけです。
野田 具体的な取り組みとしては、小型ロケットによる人工衛星打ち上げ事業に取り組むスペースワン社への出資、スペースデブリ(宇宙ゴミ)回収などの軌道上サービス事業に取り組むアストロスケール社への出資、主に次世代宇宙往還機Dream Chaser ®のアジア拠点・宇宙港として大分空港を活用することを企図したSierra Spaceへの出資などが挙げられます。重要なのはそれぞれの取り組みは、我々が描いた産業バリューチェーンに則ったものであるということです。
現在、日本には人工衛星を宇宙空間まで運ぶための民間の輸送手段がなく、大量の税金を投入して衛星をつくったところで海外で打ち上げていては自国に利益を還元することができません。そこでまず民間での輸送手段確保のための出資を行いました。輸送手段が確保できたら、次は宇宙空間を持続的に活用するためにスペースデブリの処分が必要になります。さらに国際宇宙ステーションを軸とするアジアの経済圏を日本に接続したいということで、Sierra Spaceの大分空港への接続に向けて地元の方との対話や、政府からの協力を得られるような活動も行っています。直近では、衛星データの解析、コンサルティングを行う衛星データサービス企画㈱に出資しました。
我々はこのバリューチェーンを構築するために、日々活動しています。
永山 日本が技術的に先行していても、日本が解析したデータや研究論文を使って海外の企業が商用化に向けた衛星を打ち上げる事例などを横目で見ているのは非常に悔しかったし、絶対に巻き返したいと考えています。
笠原 日本が世界の中で再び存在感を発揮するためにも、宇宙産業は重要です。“宇宙”と聞くと夢のある話のように思われがちですが、実は日本の未来がかかった緊張感のある戦いだと捉えています。
グローバルの競争に勝つために
──皆さんそれぞれの取り組みについてご紹介ください。
永山 実は私、学生時代の専攻が航空宇宙工学でした。もっとも航空宇宙工学を学んだ学生が関連分野に就く割合は2割程度で、ほとんどが宇宙とは関係のない道に進みます。私も就職したのは三菱UFJ銀行でした。おかげで担当教授にはずいぶん叱られましたが。ただ、そのとき私が志していたのは、宇宙産業にファイナンス面から携わりたいということでした。その意味で三菱UFJ銀行が出資した宇宙関連企業のスペースワン社に出向している現状には、非常にやりがいを感じています。
野田 私は永山さんとは異なり、宇宙産業がやりたくて銀行に就職したわけではなく、宇宙イノベーション室にやってきました。ただ、0から1を積み上げていく面白さが味わえそうだという期待はありました。具体的な業務としては、衛星データを活用したサービスの開発に取り組んでいます。我々は銀行業務を通じてあらゆる産業とアクセスしており、様々な課題に触れる機会があります。衛星データがその課題解決に有効であると判断したら、ニーズとシーズのマッチングを進めていくわけです。
例えば温室効果ガス削減という課題に対し、現状では自己申告に基づくデータが使われていますが、衛星データによって客観的な共通の”モノサシ”がもたらされる可能性があります。カーボンニュートラルへの取組みに透明性が生まれることで、フェアマーケットが創出され、ひいては投融資が活性化することを通じて、温室効果ガス削減に弾みがつくのではないでしょうか。他にもこうしたチャレンジをいくつも進めているところです。
笠原 私はこれまでのキャリアでディープテックベンチャーに数多く携わってきました。現在はロケットや衛星といったハードウェア側から宇宙産業に携わっており、莫大な資金が必要となる事業に対して金融と非金融の両面から、MUFGとして何ができるかを常に考えています。銀行としては、金融面での融資や出資に加えて、非金融面では例えばスペースポートを軸にした経済波及効果を可視化するためのレポート作成などにも取り組んでいます。宇宙産業はより一層民間に波及していかなければ、産業そのものが育っていきませんから、責任の重さを実感しています。日本の宇宙産業がグローバルでプレゼンスを発揮するためにも、必ず結果を出してみせるという思いです。
永山 私がスペースワン社で担当しているのは経営企画や資金調達、営業、広報などです。基本的に何でもやる、ロケットのプロジェクトマネージャーです。衛星を打ち上げたいと考えている人を見つけ「当社のロケットを使ってください」と交渉することが一番の仕事です。「ロケットを売る銀行員」というのはかなりレアな存在ではないかと自負しています。
官主導ではビジネス感覚は必要ありませんが、民間主導ではビジネス感覚が必要になります。航空宇宙学の専門知識を活かしつつ、銀行員として培ってきたファイナンスや契約交渉のノウハウ、経営企画力を発揮することには、宇宙産業を育てていく上で大きな意味があると感じています。
もちろん責任は重大です。ロケットには莫大な資金が必要ですから、スタートアップ企業にとってリスクは大きく、自分の行動や判断が会社の将来に直結します。ワクワクしつつ、同時にヒリヒリしながら仕事に取り組んでいます。
笠原 アメリカや欧州だけでなく、アジアの国々も宇宙産業にかなりの力を入れていることを考えると、日本の技術的なアドバンテージを活かして競争の主導権を握れるかどうかはここ2,3年の勝負ではないでしょうか。我々も非常に大きな危機感を持って、取り組みを加速させていきます。
野田 今後も我々が思い描く産業バリューチェーンを見据えながら宇宙産業を推進していく考えですが、こうした活動に専念できるのも、銀行の基盤となるビジネスに取り組んでくれている仲間たちがいるからなのは間違いありません。三菱UFJ銀行だからできるチャレンジと言えるでしょう。その感謝の意味でも、熱意をもって取り組んでいきます。