時を超えて奏でる音楽。いつか未来の誰かと共に
時を超えて奏でる音楽
いつか未来の誰かと共に
ライブ演奏を“真空パック”することで、時間も空間も超えた臨場感あふれる感動体験を届ける「Real Sound Viewing」。楽器の材料となる木材を守り続けるため、地域と共に持続可能な森づくりを行う「おとの森プロジェクト」。ふたつの取り組みに共通しているのは、時を超えて、未来の誰かと「共に奏であう」活動であることだ。
※記事内の所属は取材当時のものです
100年後の人のこころに響かせる
Real Sound Viewingがより多くのライブ体験を記録して未来に残せるようになれば、ある世代の感動をそのまま次の世代にも伝えられるようになる。
チームを率いる柘植秀幸は語る。「若い時にアーティストの生演奏を聴いて感動したことがある人は多いと思います。その個人的な音楽体験を、未来の誰かに同じように味わってもらえたら素晴らしいと思いませんか」。
「ライブコンテンツを後世に残すことができれば、いまを生きる私たちと数百年後の人たちがセッションすることだって可能になるかもしれません。私自身、バンドをやっていた頃は好きなアーティストのCD音源に合わせて練習していましたが、Real Sound Viewingなら、それとは比べものにならないレベルで『共に音楽をつくる』ことができるんじゃないか。Real Sound Viewingはそんな体験を生み出す可能性を秘めているんです」
デザイン研究所 柘植秀幸
柘植は以前、銀座にあるヤマハの店舗で面白いシーンに出会った。店内の常設ステージで上映するReal Sound Viewingのコンテンツの最終チェックを、出演したアーティストと共に行っていた時のことだ。サウンドチェックでベースとドラムを再生すると、その場にいたピアニストがそれに合わせてピアノを弾き始めた。つまり、「そこに存在しない人」とのセッションが突如始まったわけである。
この体験は、開発者である柘植自身のこころを震わせた。「これからReal Sound Viewingが進化していく中で、私自身が気づいていない可能性が見つかるかもしれない。未来の人たちが、この技術のいろいろな使い方を発見してくれるのがいまから楽しみです」。
はるか未来に想いを馳(は)せる
「おとの森プロジェクト」に携わる仲井一志と海外(かいがい)遥香は、日々の仕事で木に触れる中で、未来の世代とのつながりを意識することがよくあるという。
「おとの森プロジェクト」を担当する仲井一志(左)と海外遥香
「僕は実際に木を植えている時、未来の人たちのことを考えます。例えば、新しく植えた苗木のすぐ横に、大きく育った木が枝を広げているのを見た時。その木は100年前に誰かが植えた木なのか、たまたま動物がふんをして芽吹き、育った木なのかはわからないのですが、僕はそんな時に、『自分が植えた苗木もここまで育つのかな』と想像するんです。逆に、100年後に、僕が植えた木を見て誰かが同じことを思ってくれるかもしれない」。日頃から森林の調査を行っている仲井は、自然の壮大な時間の流れをそんなふうに表現する。
一方、海外は「枝打ち」と呼ばれる作業を行う際に、未来に想いを馳せるという。楽器の材料として使える木にするには、地面に近い部分の枝を落とし、節をなくす枝打ち作業が不可欠だ。“使える木”が増えるとその森林の価値が上がり、林業は持続的に発展する。地味な作業だが、一回一回の枝打ちが確実により良い未来につながっていく。だから、海外は枝打ちをする時、何十年後、何百年後にこの木が楽器に使われる時のことを想像しながら枝を切り落としている。自分のやっていることには意味がある。今日も、「未来のためにちょっといい材料を残せたんじゃないかな」。そんなふうに考えて、うれしい気持ちになるのだという。
何世代も先へ、バトンをつなぐ
未来に価値を残していくこと。それは、自分たちが生きる時代の都合を未来の誰かに押し付けることとは対極にある、誠実な行為ではなかろうか。柘植、仲井、海外に共通するKeyは、「過去の世代から受け取ったバトンをしっかり次の世代につないでいく」という決意なのかもしれない。
Real Sound Viewingの発案者である柘植は、「このアイデアは音楽が進化してきた歴史の一小節だ」と語る。有史以来、音楽は長く生演奏の形で楽しまれてきて、一度に聴ける人数にも限りがあった。しかし、この百数十年間に音楽の楽しみ方は大きく変化し、大型のPA(音響)機器が登場してからは、生演奏でしか聴けなかった音楽をより多くの人に届けられるようになった。大型スタジアムなら数万人が共に熱狂できる。音楽の歴史は、テクノロジーによってより遠くへ音を届ける試行錯誤の連続でもあった。
「デジタルテクノロジーのおかげで、いまでは空間だけでなく時間も超えていけるようになりました。この進化はこれまでの音楽の歴史の延長線上に、ごく自然にあるものなんだろうなと思っています。私たちがReal Sound Viewingを実現できたのも、前の世代の人たちが確立した技術のおかげです。ならば、私たちもReal Sound Viewingを通じて、それを一歩でも二歩でも先に進めることができたらうれしい」
「例えば私が演奏するギターだって、大昔に誰かがギターという楽器をつくってくれたからこそ、いま私がそれを演奏できているわけです。エレキギターであれば1960年代のギターがいまだに普通に演奏されていたりする。ほんの少し前の世代の人たちがつくってくれた資産を私たちが使わせてもらっている。そういった大きな流れに、何かしら恩返しをしたいという気持ちはありますね」
地域もこころも豊かにする音楽
「おとの森プロジェクト」に携わる仲井も、森や社会の持続可能性とは、決して会社や個人が単独で実現できるものではないと言う。
「森があって、そこで育まれる木が使われる社会があって、すべてはつながっているということを多くの人に知ってもらうことで、持続的にサイクルが回っていく。そんなイメージを描いています。森と人と社会がつながりあっていることを知って、自分の身近な森を大切にするのが第一歩。こうした森づくりのあり方を提案するのが、私たちの仕事だと考えています」
北海道北見市にある「オホーツクおとの森」
多くの人に森を身近に感じてもらい、森を守ることに共感してもらうのは、そう簡単なことではない。それはまさに日本の林業が直面している問題でもある。だからこそ、少しずつでも共感の輪を広げていくことが、「自然環境について日本が抱える課題への貢献につながるのではないだろうか」と仲井は考える。
それでは、人と人とのつながりはどうだろう。「バーチャルでのやりとりが増えて、直接的な人のつながりがどんどん少なくなってきているように感じます」「でも、みんな、心のどこかで『つながりたい』と思っている。もし、音楽を通じてつながることができたら、それはとてもこころ豊かなひと時ではないかなと思います」。ここまで話してきて、仲井と海外は思わず顔を見合わせた。
「音楽には、人と人とを結び付ける力がある」。こう確信する2人はさらに言葉をつないでいった。「いろんな楽器がそれぞれのパートを担い、ひとつの音楽が生まれる」「同じように『おとの森』でも、森がある地域の人やヤマハの従業員などいろんな人たちが集まって、みんなでひとつの何かをつくり上げていく」。自分たちの取り組みのカギは、やはり「共に」というキーワードにあるのかもしれない。
未来の誰かのために、たくさんの人が響きあって、大切なものを残す。Real Sound Viewingもヤマハの森づくりも、未来に向けて音が重なりあい響きあう、まさにオーケストラのようなものでありたい。
(取材:2022年9月)